『数息観のすすめ』より  2.座禅の仕方

 

 

耕雲庵立田英山老師 著『数息観のすすめ』から 

1.の続きで「座禅の仕方」を述べています。

 

 

坐禅の仕方について

 

このお話を始めるにあたって、数息観は坐禅を組んで、静かに自分の息を勘定することだと申しました。そこでまず、その坐禅ということから申すことに致しましょう。

 

坐禅の仕方の詳しいことは、『坐禅儀』とか『坐禅銘』とか『坐禅箴』とかいう書物に出ていますが、今は私どもの体験から割りだした合理的な、そして誰にでも簡易に実行できる方法について述べることに致します。

 

 

まず場所と時とですが、病気の時や応接間などで試みる時は別として、なるべく静かなそして浄らかな所が理想的です。ことに初心の間は、環境によって気持の左右されることが多いものですから、近所がまだざわつかない前に、少しく早目に起きて試みるのが一番よいようです。もっとも家庭や勤務の都合で、そうとばかりも言っておられないでしょうが、室内を掃除して線香でも( た) いて、静かに坐るだけでも気持は落ち着いてくるものです。

 

この線香をくということは、気持の上でもそうですが、また別に時間の経過を知る標準にもなるので、昔からよく「一香を坐る」ということが言われています。

 

それから余り疲れた時や眠い時、食事の直後や腹の減り過ぎた時などは避けた方がよろしい。痔疾も余り悪い時は長時間坐るのはよくないようです。ボタンや紐であまり身体を締めつけないで、万事ゆったりとした態度と気持で坐るのが肝要です。

 

 

 

さて適当な場所と時とを選んだなら、蒲団の上に坐るのですが、その蒲団の敷き方に注文があるのです。蒲団は普通の坐蒲団でよいのですが、二枚いります。一枚を敷いた上に他の一枚を二つに折って重ね、それを臀( しり) の下にあてるようにします。普通の胡座( あぐら) ですと、背をまるくして前こごみにならぬと、うしろへ引っくり返ります。それを避けるために、蒲団をこう敷いて、上半身の重みを前に移して安定をはかるのです。

 

ですから、この臀にあてる蒲団の高さは、各自で加減してきめて下さい。最も安定感を覚える時が、その人に丁度あった高さというわけです。

 

これはちょっとしたことですが、坐禅の姿勢に重大な関係があり、従ってその効果に非常に影響のあることでその適当に用意された坐物の上に、五輪の塔を据えたような気持でドッカと坐るのですが、一応上半身を大きくゆるく前後左右に揺り動かしてから坐る方が、さらにより十分な安定感をえられます。

 

この時、足の組み方に結跏趺坐( けっかふざ) と、半跏趺坐との二様式があります。前者は右のももの上に左の足をあげ、左のももの上に右の足をあげるのです。これが正式なのですが、太った人や脛( すね) の短い人には苦痛を感ずるので、後者を許すことがあります。

半跏趺坐というのは、左か右の足の一方だけをももの上にあげるやり方です。この場合には、上半身が左右何れかに傾きやすいものですから、下の方になっている足で調節ねばなりません。

 

どちらにしても両方の膝頭と尾骨( びていこつ) とを結ぶ線で、正三角形ができるように坐るのが要領です。その正三角形の面はやや前方に傾いていることになります。この姿勢のままで脊梁骨( せきりょうこつ) をピンと張ると、自然に上半身の重心から下ろした垂線が、底面たる正三角形の中心に落ちるようになります。即ち前に申した安定感というものはこれをいったもので、もし安定感がないならば、上半身の重心を通る垂線が例の正三角形の中心をはずれているからです。

 

その時は臀の下の蒲団の高さを加減することを面倒がってはいけません。でないと坐禅が長つづきしないばかりでなく、どこかに筋肉の収縮に不平均があって、知らず知らずのうちに上半身が揺れだしたり、病気を誘発することがあります。何々式静坐法などというのが、おおむね結果がよくないのは、主としてこのためです。

 

この正三角形の中心に上半身の重心からの垂線が落ちるということは、物理学上からいっても一番に安定な形ですし、生理学上からみても一番合理的で、これは長く坐っても疲労を覚えることもなく、顎( あご) の下にさえ適当な支えをするならば、そのまま坐睡することもできます。

 

 

 

土台がきまったら、次は手の置きどころですが、掌を上にして両手を重ね両方の拇指( おやゆび) を相対して軽く支え、前から見ると楕円形を形づくります。それを組んだ脚の上に置き、肘( ひじ) は軽く体からはなし肩の力を抜きます。次に脊梁骨をピンと堅てて顎をぐっと引く。そうしますと鼻端がほぼ臍と相い対するようになります。( 第1 図参照)

 

この時、眼を半眼に開くということがよくいわれていますが、何もそんな目つきをせんでもよろしいので、ただ目を閉じずに自然に視線をおとすと、丁度1 メートル位前方を半眼で見ているように傍から見えるのです。

 

こんな笑い話があります。ある田舎の町第1 図で、青年たちが数息観の講習会をやった時に、講師の説明が不十分であったせいでしょうか、一人の青年が後で感想を述べる際に、「あの半眼を開くというやつが一番きつかっ」との述懐です。そんな筈はないがと、よくよくきいてみたら片目を閉じて坐っていたということです。なるほど、片目なら半眼でしょうが、ただ書物に書いてある通りの請売りをやるとこんな間違いを生じます。

余り強く見つめていると疲れるから、半眼という言葉が使われたのでしょうが、自然に視線をおとせばよいのです。

 

ただし目をつぶってはいけません。初めのうちは、つぶった方が気が散らないでよいように思われますが、それでは昏沈状態におちいって、効果ある数息観が実行できません。次に口も軽く結んで、鼻で自然の呼吸をします。

 

よく深呼吸や腹式呼吸をするように説く人がありますが、そんな必要は毛頭ありません。ただ自然に深く大きくなったのなら、それはそれで又よろしいので、要するに意識的な呼吸をしないことです。あくまで自然にしたがうのが、安楽の法門たるゆえんです。

 

ですから、強いて下腹に力を入れる必要もありません。強いて力んで胃部に力がはいるのは、とくに禁物です。「気海丹田に力を入れろ」などと書いた本もありますが、全く余計なことで、下腹に自然に気が充実してくるのならそれも宜しいでしょうが、あくまで自然であるということが要点です。

 

そんな事よりも、安定な姿勢ということと、次に述べる数息三昧ということが、肝要な事柄なのです。ですから椅子に腰かけた場合、ないし病床に横たわっている場合でも、姿勢の安定ということを、常に念頭に置いて戴きたいと思います

 

その他は坐禅に準じて、然るべく御工夫なされば結構です。

 

それから御婦人の中には、足を組むことを嫌がる方がありますが、それなら変則ですが四角に正坐なさるより仕方がありません。ただこの時も、臀部に蒲団をつかって適当に高くすることと両膝の間をなるべく離すということに御注意願います。が、何しろこれは変則なのですから、できれば尼僧たちもやっていることですから、正式に坐禅を組まれることを、おすすめ致したいと存じます。

 

さて坐禅の姿勢が整ったら、いよいよ息を勘定し始めます。

      ≪3.数息観の仕方へつづく≫

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