調息: 自然な呼吸を確認する

〇 呼吸の仕方:まずは、調身しながら、普通の呼吸を静かに感じて整えてくだい。つまり、ゆっくり姿勢を整えながら呼吸も整えます。

 また、肺の中にたまっている空気を全部吐き出し、吐き出しきったところで 大きく息を吸い込む。これを欠気一息(かんきいっそく)といい、これを1~2回繰り返し、 後は自然の呼吸にまかせる方法もあります。

 

調心 : 心を調える 数息観(すうそくかん)

〇 数息観:姿勢を調え、呼吸を調えた後、心を調えるということになりますが、調息と調心は同時に行うことになります。このことを、数息観法といいます。自分の呼吸を自然に行い呼吸を整え、その吸う息・吐く息を数える方法です。次に数息観の仕方を示します。 

(呼吸は鼻から吸い~鼻へと吐きます)

この時、唇は軽く合わせ顎を軽くひき背筋を伸ばします。

 

数息観には、次のように三つの段階があります。

前期の数息観

中期の数息観

後期の数息観

以下、それぞれを述べます。

 

★ 数息観の仕方について

(前期の数息観)

◆「前期」は、自分の自然な呼吸を1から100まで数えます。

 最初の入息をイ―と、そして最初の出息をそのまま受けてチ―と数

 えます。つまり最初の一呼吸でイ―チ―です。次の呼吸が二-イ―

 であり、その次がサ―ン―となります。かくて11番目はジュ―と吸

 いイ―チと吐き、20はニィ―と吸いジュ―と吐き、21はニジュ―

 と吸いイーチと吐きます。100はヒヤァ―と吸いク―と吐き、その

 まま再びイ―チ―と1にかえるのです。

 

 これだけのことなら、数のかぞえられる者なら誰でもわけなくできる筈ですが、ここに二つの条件があります。この条件を無視したのでは、ただ息を数えるということだけであって、数息観になりません。ところが、この条件にかなうということは甚だむずかしいことで、大いに修練を要するのです。

 

※ さてその条件と申しますのは次の三つです。
A.勘定を問違えないこと。

B.雑念を交えないこと。
 C・以上二条件に反したら1に戻すこと。

                                
 これは何でもない条件のようですが、さていよいよ実施してみると、容易でないことにお気付きになるはずです。

 

※ A. の「勘定を間違えない」とは、数を飛ばしたり後戻りをした

  りしないということです。

 

※ B. の「雑念を交えない」とは、数をかぞえること以外のことを考

  えないことです。 もちろん無感覚になっているのではないので

  すから、外界からの刺激を受けて、見えもしますし聞えもしま

  しょう。

  いわゆる「見れども見えず聞けども聞えず」というのは、単に見

  えない 聞こえないということではなしに、見たら見たまま聞い

  たら聞いたままにして、自己の考えを乱されないことです。

 

 三味の力を養うには、特にこの三条件を厳格に守ることにします。また時には100から逆に99・98と数えてみるのも一法です。こんなふうにして滞りなく数息観が実施できる自信がついたら、自分免許で中期に進むのもよいでしょう。       


◆中期は1から10まで勘定して、再び1に反るやり方です。
 雑念の入ることを全く許さない数息観です。難中の難です。 

 どのような微細な念慮でも、数息以外のことを思い浮かべたら容赦

 なく1に戻してしまいます。達することができたなら、まず名人と

 か達人とか称することができるでしょう。
 

◆後期の数息観は、呼吸を数えない数息観となります。
 数えないけど数息観は行っています。この域に達すれば、もう呼吸

 などは意識せず、従って息を数えるのでもなく、そういうことは―

 切忘れはててしまうのです。忘れるといっても、数息観はしている

 のですから、ただ放心状態になっているのではありません。
 一休和尚のお歌に【忘れじと 思いしほどは 忘れけり、忘れて後は

 忘れざりけり】というのがありますが、その意味での忘れはてるの

 です。むずかしいことを言えば、ただ念々において正念に住し、

 歩々において如是であるということです。

 

※もっと詳しくという方へ、立田英山著「数息観のすすめ」の頁へ ご案内します。

1. 数息観の効用

2. 座禅の仕方 

3. 数息観の仕方

 

〇 終わりに、数息観は古くからインドで行われていた観法で、仏教と共に中国に伝わり、そして我が国に伝わってきた三国伝来の観法です。宗派には属せず、三昧力を涵養する観法です。毎日されることをおすすめします。通常の座禅は45分静座します。これを一炷香(長い線香が燃え尽きるまで)といいますが、座相が整うまでは15分くらいから始められるといいでしょう。禅者は、「一日一炷香」を合言葉に実践しています。

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